“日本側 ①松井大将は「これから敵の首都に入る。世界中が見ているから粗相はするな」 「また、日本軍が敵の首都に入るのは史上初のことだから後世の規範になるよう きちんとしろ」と厳命。 ②松井大将は蒋介石に(ナチスがパリにしたように)オープンシティ化せよ、と言う ③蒋介石も無血開城に従うつもりだった。ところが唐生智(とせいち)将軍が 「死守します」とか言い出す。蒋介石はそれを信じて漢口に逃げる。 が、唐生智は南京戦前日に逃亡。指揮官が逃げて国民党兵士は大混乱。 日本軍は残敵掃討するので殺人があったのは事実だが、非難されるには値しない。 また、指揮官(責任者)が逃げたのでハーグ陸戦法規だと捕虜になれない。 ④南京城のすぐ東に中山陵(ちゅうざんりょう)という格好の高い場所があったが、 松井大将は「大砲を上げてはならない」と命じた。尊敬する孫文の記念碑があって 汚さないため。そのくらい日本軍は気を使っていた。 当時の南京には安全区があり、市民はそこにいた。 南京戦後、たった3週間くらいで生活インフラも復旧して市民生活が戻る。 日本軍が管理してるので安全だということで市民が20万人から25万人に増える。”
— 【大阪】「南京大虐殺」展示撤去へ ニセ写真、歪曲相次ぎ ピースおおさか、ようやく正常化に向けて舵を切る|保守速報 (via syabuichi)
